ケッヘルについて

ケッヘル番号について

モーツァルトの作品は、一般的に頭に「K」あるいは「KV」の付いた番号で表されています。これはいずれも、ケッヘル Köchel, Ludwig, Ritter von, 1800-1877 が作成した作品目録による番号です(ドイツ語では ”Köchel Verzeichnis” の略で「KV」)。目録の名称は『Chronologisch-thematisches Verzeichnis sämtlicher Tonwerke Wolfgang Amade Mozart’s (モーツァルト全音楽作品年代順主題別目録)』。モーツァルトの残した「真作」かつ「完成した作品」とみなされるものすべてに成立年代順に番号を振り(1~626番。それ以外は補遺にまとめる)、ジャンルごとに分類した作品目録です。

ケッヘルの作品目録は1862年に Breitkopf & Härtel 社から刊行。その後版を重ね、調査・研究による作品年代の修正、新しい作品の発見等で、1937年刊行の第3版(アインシュタイン編)では番号の大幅な修正が加えられ、新しい番号と初版の番号を併記する二重番号が採用されました。それは、従来の番号があまりにも広まり過ぎていたためであり、新しく増えた番号でもアルファベットを添えて大枠の626番の間に組み込むという形でした。内容的に最新である第6版(1964年刊行)でもこの方式が続けられましたが、1955年から刊行が始まり2007年に本編が完結した新モーツァルト全集の編集過程でも新たな修正・変更が生じており、現在、新たなケッヘル作品目録の出版が俟たれています。

当館所蔵の最新は1983年刊行の第8版で、第6版の重版。
請求番号:M0.312/M877-1b//洋, M0.312/M877-1c//洋

 

ケッヘルについて

オーストリアの町シュタイン出身。ケッヘル家は町の名士で、それなりに恵まれた環境に育つ。隣町クレムスのギムナジウムを経て、ウィーン大学卒業。法学博士号取得。貴族の家庭教師を経、カール大公一家の家庭教師の任に就き、1842年に42歳で退職、その功績で貴族に叙せられる。ザルツブルク並びにオーバーエスタライヒの視学官の任に就いた後、趣味の世界に邁進。ウィーン楽友協会の副総裁、帝立動植物協会副総裁も務めた。

当時のディレッタント(芸術や学問を趣味として愛好する人)は美術品や書物、鉱石などの収集を行い、楽器や楽譜のコレクションも王道で、それらの細かな記録をとることも普通に行われていた。モーツァルトの作品をまとめた愛好家もおり、ケッヘルの目録作成にも役立ったという。ケッヘル自身も幼年時代から愛好していた鉱物・植物のコレクションや、ベートーヴェンがパトロンのルドルフ大公との間に交わした未公開の手紙の収集・出版も行った (請求番号:M2.8/B393-256//洋)。さらには、ミヒャエル・ハイドンやヨーゼフ・フックスの作品目録 (⇒関連本 請求番号:M0.312/F989/1//洋) も作成したという。

モーツァルトの作品目録に着手したのは、目録の序文によれば、1851年に音楽に造詣の深い友人から送られてきた、モーツァルトの作品・自筆譜の散逸を憂えた内容の自費出版本が契機らしいが、ケッヘルの出身地シュタインはモーツァルトの母方の祖母の誕生した町で、モーツァルトも逗留したことがあり、その地で開催された生誕60年祭の企画運営の要となったのがケッヘルの父親というから、幼少の頃からモーツァルトに親しみはあったと思われる。

目録作成にあたりケッヘルは、作曲家自身によるものも含めた様々なモーツァルト作品目録を参考に、各地の自筆譜、ないものに関しては写譜や初期の印刷譜を参照、モーツァルトの伝記 (請求番号: M2.8/M877-56/1~4//洋) を書いたオットー・ヤーンの協力も仰いだ。

また、目録作成過程での新しさは、これまで主にノートに記録される形で行われていたそれを、カード式で行ったこと。これにより、あとから作曲年代が判明した場合等、容易に入れ替えることが可能であった。一作品にカード一枚をあてがい、譜例、小節数(演奏時間の目安として)、直筆譜・写譜・出版譜の有無とその保管先等を記載等、利用者目線の目録という意味でも、当時としては新しいものであった。

ケッヘルの功績はモーツァルトの目録作成のみに止まらない。ヤーンと共に行ったBreitkopf & Härtel 社への働きかけ、フランツ=ヨーゼフやケッヘル自身の寄付金、さらにはブラームス、ヨアヒム、ライネッケらドイツ語圏の音楽界の重鎮の協力を得て、1876年、ついに出版社にモーツァルト全集刊行の予告を出させるに至った(ケッヘルの目録に収録されていない作品の直筆譜、写譜、ならびに印刷譜の初版を募る文言も記載)。こうして1877年から83年(補遺を含めると1905年)にかけ、全100巻に及ぶ全集(現在では「旧」全集)が刊行された。

[参考文献]
小宮正安著. モーツァルトを「造った」男 : ケッヘルと同時代のウィーン. 講談社, 2011
請求番号:M2.8/M877-218