聖書 / 丸山桂介

I

1.「聖書」Bibleの語源的本来の意味は単なる「書物」に過ぎない。しかしその書物の中で、特に神聖な事柄の叙述を旨とした書物が一般の書籍から区分され、特別の扱いを受けて「聖なる書」となった。キリスト教の「聖書」は神と人との間に交わされた契約について記されている。この契約には神とユダヤ民族の間で結ばれた契約とキリストを巡る契約と二つの契約があり、前者が後者に先立つところから「旧約」と呼ばれ後者が「新約」とされる。なお前者のユダヤ民族における契約に立つユダヤ教には「新約」は存在しない。
2.聖書は多数の書巻・書簡を集めて一冊とした合本であり、そこに何が収集されているかには時代により教会により若干の差異が見られる。従って、バッハ研究にはバッハが用いた聖書、即ち宗教改革期にルターによってドイツ語訳された「新約」と、ルターを中心とした翻訳委員によってドイツ語訳された「旧約」を使用しなければならない。ルターはしかし生前に聖書訳の推敲を重ねたため、一般的には1545年版が用いられる[193/B471-4/1, 193/B471-4/2, 193/B471-4/3]。併せて、推敲の過程における単語・文章の推移についても視野に収められるのが望ましい。
3. 16世紀のドイツ語と今日のドイツ語との間には綴りの違いがあり、バッハ時代の聖書に用いられた綴りがカンタータ・テキスト等の研究には参照される必要がある。なお綴字の違いによる発音の差異については今後の研究課題として残されている。
4. 「聖書」は神との契約を巡る書物であるが、主として20世紀ドイツの神学研究においてその本文に対する批判的研究がなされ、現在の聖書観に大きな影響を与えた。しかしバッハの時代にはなお伝統的な考えに立って聖書は神聖な、霊的働きによって記されたものとして受け取られていた。従って、バッハにおける聖書観も現在のそれではなく、むしろ遡って中世以来の伝統的な霊的言語によって記された書として判断される必要がある。

II

1. 聖書は文字によって記されているため、聖書本文が伝える事柄についてこれを特定することは極めて困難である。このことは聖書のみに限定されることではなく、人によって使われる文字による文章一般が、同一の語・文章に対して人によって種々に解釈され得るという言語特性に根ざしたものである。
2. そのために聖書本文に関する解釈には種々の神学的立場からなされる「読み」が存在し、種々の読み・解釈の流れがキリスト教会内には存在する。従って、バッハの作品に関する研究に当たってはバッハが属していたルター派教会の、それもルター正統主義と呼ばれる考えに立つ教会の読み・解釈が参照される必要がある。このルター正統主義の伝統にバッハが立っていたことはバッハが所有していた神学書の内容・著者の神学観から明瞭になる。
3. 中世において、聖書は修道院等の特別な場所でのみ読むことが出来、聖職者によってその内容に関する研究が行われた。その際に著名な、もしくはその神学的主張が高く評された神学者の読み・解釈が主として本文の欄外註として記され、後輩の研究の用に供された。これもまた聖書に対する教会の判断の伝統の形成に与っている 。
4. ルターもまたこのような中世の聖書の中で育ったが、自らの手によるドイツ語聖書の出版に際して、ごく限られた用語の簡潔な註及び各書巻への解説を除いて、一切の欄外註を削除した。そのため、宗教改革後の歴史的展開の中で、ルター派教会、ルター正統主義の立場からなされる読み・解釈が要請されることになり、聖書本文への註解を旨とした註解聖書がまとめられるに至った。その代表例がバッハも所有していたオレアリウスの註解聖書[V193.09M/Ol2/1OR, V193.09M/Ol2/2OR , V193.09M/Ol2/3OR ,V193.09M/Ol2/4OR , V193.09M/Ol2/5OR , V193.09M/Ol2/6OR]である。一方、オレアリウスの註解のように詳細を極めたものに対してより簡便な一般向けの短い註を付した聖書も販売されることになった。カーロフ版、リューネブルク版はその実例である[V2.8M/B122/1OR, V2.8M/B122/2OR , V2.8M/B122/3OR,V193.09M/D932/1OR, V193.09M/D932/2OR, V193.09M/D932/3OR,V193.09M/D932/4OR]。

III

1. 聖書は旧約部分が一部の書を除いてヘブライ語で記され、新訳はギリシア語で纏められたと考えられる。
2. 聖書は地中海文化圏を中心とした地域におけるキリスト教の成立・発展に伴い、各地各国で用いられていた言語への翻訳がなされた。中で重要なのは四世紀にヒエロニュムスの手によってなされたラテン語訳である。今日においても使用されている「ウルガタ版」Vulgataと呼ばれるこのラテン語訳聖書はローマ・カトリック教会によって用いられた。
3. 旧約は、いわゆるユダヤ人の離散に伴い、北アフリカのアレクサンドリアでギリシア語に翻訳された。この翻訳作業は70人の手によってなされたとされ、以来「七十人訳( セプトゥアギンタ)」LXXと呼ばれて今日に及んでいる。
4. バッハと聖書の関係については、上に触れられたようにルター版が基礎資料であるが、オレアリウスの註解版等にはVulgata等他の聖書も関わっている。従ってバッハ作品の、主として教会音楽の研究には旧・新訳の原典に加えてVulgata並びにLXXの参照が要請される場合がある。
5. 聖書には本来各書卷等の章・節数は付されておらず、今日の聖書に付されている数は後代に付されたものであるため、種々の聖書間で節数等に異同が見られる。バッハの作品研究はバッハが属していたルター正統主義教会のいわば原典版であるルター版の節数に依拠される必要がある。

IV

1. 「カーロフ版」 この聖書はバッハの遺産目録の蔵書一覧に記載された書籍の中で唯一、今日に伝えられたバッハ自身が使用していた書籍である。現在は北米、セントルイスのコンコーディア・セミナリー Cocordia Seminary Library に保管されている。
2. 名称の由来はヴィッテンベルク大学神学部教授アブラハム・カーロフ Abraham Calov (1612-1686) が簡潔な註記を付加・出版したことによる。
3. 註記は各書卷各章の冒頭に、当該章の内容を要約する形で付されている。
4. この「カーロフ (版) 聖書」にはバッハの手による書込みがなされているが、その書込み、バッハによる欄外註は聖書本文に関してなされたもので、その中に、バッハの音楽観を表明する貴重な言が存在する。
5. バッハの所有していた「カーロフ版」には、バッハ以外の人の手になる書込みも存在するため、バッハ自身の書込み箇所を特定するためには以下の研究書を参照。J.S. Bach and Scripture : Glosses from the Calov Bible CommentaryIntroduction, Annotations, and Editing by Robin A. Leaver [M2.8/B122-185]
6. 「リューネブルク版」 バッハの歿年1750年にリューネブルクのシュテルンから出版されたこの聖書もカーロフ版と同様の本文についての短い説明を各章の冒頭に付したものであり、ルター派教会における聖書の在り方に関する参考資料のひとつである。カーロフ版の説明と比較対応させることによって、バッハが関心を寄せたカーロフ版の主張を読み解く際の参考となる。
7. 日本語訳聖書における註記に関してはフランシスコ会聖書研究所版聖書の註が要を得て簡便である。