Die heilige Bibel : nach S. Herrn D. Martini Lutheri : deutscher Dolmetschung und Erklärung : vermöge des Heil. Geistes im Grund-Text : richtiger Anleitung der Cohærentz, und der gantzen Handlung eines jeglichen Texts … / mit grossem Fleiß und Kosten ausgearbeitet und verfasset von D. Abraham Calovio

聖書 (ドイツ語訳版) ―いわゆるカーロフ聖書―

バッハの遺産目録に記載された書籍の内、唯一今日に伝えられるバッハ所蔵の聖書 (今日、アメリカ、セントルイス、コンコルディア神学校、図書館蔵)。

バッハ自身の手になる欄外書き込みがあり、バッハの音楽観を知る上での貴重な資料となっている。

参考文献:J.S. Bach and scripture : glosses from the Calov Bible commentary / introduction, annotations, and editing by Robin A. Leaver

宗教改革期に行われた聖書の各国語訳のひとつ、ルターを中心とした神学者によるドイツ語 (訳) 版聖書。

1) 聖書訳の原本となった資料

旧約聖書:ヘブライ語 (原本)

ギリシア語訳 (いわゆるLXX、七十人訳聖書、セプトゥアギンタ)

ラテン語訳 (ヒエロニュムスによるVulgata、ウルガタ)

新約聖書:ラテン語訳 (ヒエロニュムスによるVulgata、ウルガタ)

ギリシア語訳 (エラスムスによる)

―新約聖書の原本はギリシア語で記されたと考えられる。しかし中世にはラテン語のウルガタ版が用いられ、ギリシア語新約聖書はルターと同時代の人文学者エラスムスのてによってまとめられ出版された。

2) 中世において聖書は聖書本文に関する多くの注釈を付加した形で刷られていた。ルターもこの注釈付き聖書を用いていたが、自らドイツ語訳版を出版するに当たって、この注釈を削除。ごく一部の限られた訳語についての短い欄外中を付して出版。

3) 宗教改革後のルター派教会の進展の中で、神学者の手によって欄外注が付されるようになり、注釈付聖書が出版されることになった。その一例がヴィッテンベルク大学の神学教授カーロフの手になる注釈付聖書であり、これがバッハによって購入・所持されていた「カーロフ版」である。

4) ルター派教会の領域における種々の注釈付聖書の一例は、1750年リューネブルクで出版された聖書にみられる。このリューネブルク版とカーロフ版を比較検討することによって、カーロフの神学的解釈に対するバッハの意見・反応を読み解くことが可能になる。
その一例を出エジプト記15にみることが出来る★。

★ルター版では旧約のはじめの五書を「モーセの五書」と呼ぶ。例「創世記」=モーセの第一の書。

①-2は出エジプト記15.20に注記されたバッハの書き込み (①-1 72頁)
Erstes Vorspiel, auf 2 Chören zur Ehre Gottes zu musiciren (①-3参照)。
(二重合唱によって神の栄光のために音楽を発することの最初の前奏)
―バッハのモテット等における二重合唱の用例に関するバッハの神学的音楽観の一事例。これに関する参考文献
R.A. Leaver “Bachs Motetten und das Reformations fest” “Bach als Bibelansleges” (M2.8/B122-153) 所収

カーロフの注釈
女預言者ミリアムによってなされた、彼等の救い主なる神の賛美のための輪舞…
リューネブルク版 (②-3)
同一のことをミリアムと女性達が行った。

リューネブルク版の扉見返しには聖書の内容、意義に関する図像が付されている。バロック時代の多くの事例のひとつで、一連の絵画・図像による象徴的表現であり、当時の聖書観をここに読むことが出来きる (②-2+③-1)

1) 上部中央に記されたヘブライ文字は「神聖四文字」、神名を示す。

2) その下部、左の天使が揚げるのは「神を畏れよ」
右の天使が揚げるのは「神の掟を守れ」 (出エジプト記15より)

3) 中央の神殿=宮の上部に精霊 (鳩)。その下に十字架と羊=Agnus Dei (神の小羊=キリスト)による新約聖書、右の石版に刻まれたI-Xのローマ数字が示す「十戒」=旧約聖書。その双方を一巻にまとめた「すべての書巻」が図の下部に記されている。
また「すべての書巻」の左に立つのがペテロ、その足下に「主の言葉は永遠に変わることがない」 (ペテロの第一の手紙 1.25)。右の像はパウロ。その足下に「こういう人は―」 (ローマ人への手紙 2.15)が示されている。

4) 神殿=宮の上部の精霊=鳩が示しているのは聖書の霊感説。聖書は人間の言葉でなく、精霊によって伝えられた神の言葉が記されたものであるという考え方を表している。特に新約聖書の四福音書は神聖な言葉であることが、四福音書に好んで添えられた四人の使徒 (マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)に付された四つの生き物と”霊”によって表示されている。
③-2から5は1545年に出版されたルター版に添えられた図版。
③-2マタイと天使 頭上に精霊

マタイ
③-3マルコとライオン 頭上に精霊

マルコ
③-4ルカと牛 右手窓外にキリストの十字架像とその頭部を飾る光背=神の霊の輝き

ルカ
③-5ヨハネと鷲 雲の上に栄光のキリスト=神のロゴス (言葉)

ヨハネ

5) 聖書の中に「四つの生き物」と記されるのは上の天使 (人の形)、ライオン、牛及び鷲の四つの生き物であり、四人の福音記者の象徴。その一例はヨハネ黙示録4.6 (③-6)。中世教会建築を飾ったレリーフにしばしばこの「四つの生き物」が彫られる。

6) 神聖四文字による音楽の神聖性、霊性を示す図像がバロック時代の音楽書にも描かれることがある。その一例はプレトリウスの「音楽大全」 Syntagma musicum (Band I: M0.8/D659/1-21, Band II: M0.8/D659/1-14, Band III: M0.8/D659/1-15) にみられる。